NO10 慎吾は、そこまで話すとコーヒーを一口のみ、黙り込んだ。 僕らは…何を言っていいのか、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。 とにかく、重い沈黙が僕らの周りを漂っていた。 それを破ったのは、誠君だった。 「辛いよ…」 突然の言葉に慎吾が驚いて尋ねる。 「どうしたの?」 「…アナタの、心。すごく…傷ついてる」 だから…辛いよ。 それは…僕らにすら伝わってくる辛さ。心が読める誠君にはもっとリアルに痛みが伝わっているはず。 「そうだね、僕はとても傷ついてる。でもね、僕は逃げたんだよ」 そう…全てから。自分を犠牲にして僕らを助けてくれた大野からさえも。 そう呟いた慎吾の左目から涙が零れ落ちた。 僕は…魅入ってしまった。涙を流す左目、ではなく。 涙を流す事の出来ない右目を。 そっと手を伸ばし、右目のまぶたに触れる。 「痛かった?」 「少しね。でも…」 心の痛みに比べれば。 「今は…痛い?」 「もう、痛くないよ。…これはニセモノだからね」 「でも…この目は、泣けない分余計苦しんでる」 そう思った。 涙を流せない右目は、涙を流している左目よりもずっとずっと辛いと思った。 …だから、痛いはずだ。 「朝幸…」 「僕は…慎吾の右目が好きだよ」 全てを物語ってるかのような、それでいて何も映していないような、不思議な魅力だった。 「朝幸達は、僕の事責めないの?」 僕が…君等をこんな風にした元凶なんだよ? 尋ねる慎吾に、僕は首を振った。 「違うよ…慎吾は苦しんでる。それにね、鈴木君達はちゃんと薬を作ってくれた」 「そうだよ。僕らにはこの薬が必要不可欠だ」 そういって、誠君は思い出したように薬を飲んだ。 「そして、こうして僕らを助けてくれてる」 良侑が優しく笑う。 「ありがとう、皆」 そう言って、慎吾の眼から涙が落ちる。 「僕が、泣いてあげる。右目の代わりに泣いてあげる…」 だから 「もう、苦しまなくっていいよ」 僕は慎吾の右目にそっと触れ、そして泣いた。 ++ ++ ++ 少したった時、慎吾が僕の髪をクシャっと撫ぜた。 顔をあげると、少し照れくさそうな笑顔にぶつかった。 「ゴメンね、話の途中だったね」 さて、どこまで話たんだっけ? 慎吾の言葉に、良侑が尋ねた。 「町田さんは…そのまま、真都を出たの?」 慎吾は頷いた。 「眼をつぶした僕は研究棟としても不要人物と認識されたみたいでね、簡単に研究棟から出る事が出来た。まぁ、鈴木が手を回してくれていたらしいけど。なんとか東京に逃げてきたら、いきなり声をかけられて」 『町田さん、ですよね?』 「鈴木が…連絡をつけてくれてたらしい」 『鈴木君から聞いてます。俺、真都の技術棟にいた松本です』 「技術棟の松本!?」 思わず叫んでしまった。 だって…だって… 「それ、もしかして、松本淳一?」 「朝幸、知ってるの?」 「知ってるも何も…生活棟に入る前から、ずっと友達だったんだ」 幼馴染。といってもいいだろう。一緒に真都に移住して、一緒に親に捨てられた。生活棟に拾われてから…まっさんは技術棟へすぐに移ってしまったけど。 「東京に…いるんだ」 いつのまに真都からいなくなっていたのだろう。 「朝幸が好きだと言ってくれたこの眼はね、彼に造ってもらったんだよ。ちゃんとね、視神経も繋げるようになっているらしいよ」 繋いではいないけど… 「…繋いでないの?」 驚いた僕に 「目に見えるものは少ない方がいいからね」 その為に、抜き取ったんだから… と、寂しそうに笑う。 「義眼の調子を見てもらいに、久しぶりに街に出かけた帰り…朝幸を、拾ったんだ。鈴木から依頼を受けた時にみた写真の一人にそっくりだった。…プロトタイプだ。そう確信があった。だから、迷わず拾ったんだよ。連れて帰って、すぐに鈴木に連絡を取った。3人と聞いていたのに1人しかいないし、オマケにゴミの中に埋もれていたんだから」 ビックリしたよ。 そう言って、笑うと慎吾は僕を見た。とても、優しい眼差しで。 「でも…無事に皆と逢えて、よかった」 また一口コーヒーを飲む。 カップを机に置くと、慎吾は少し身を乗り出す。 「今度は、朝幸達の番だ。聞かせてくれる?」 慎吾の問いに、僕はゆっくりと頷いた。 ++ ++ ++ 鈴木と鎌田は監視病棟の前にいた。 「本当に、大丈夫なのか?」 鎌田の問いに鈴木は肩をすくめた。 「やってみない事にはわからない」 「そりゃそうだ」 言いながら耳からIDをはずしドアロックに入れる。 ディスプレイに鈴木の名前や管理NOが表示され… ピッ!! という音と共に OK と文字が表示されると、ドアが開く。 IDを取りだし耳につける。 「全く、一々面倒だな」 通常、棟は警備員が二十四時間入出を管理している。だが、特殊研究棟と監視病棟だけはID埋め込み式の認識が行なわれていた。外部の侵入を確実に阻止する為だった。 「こんな事してても、100%の管理なんてありえないんだよ」 冷めた口調で鈴木が呟く。 全くだ。だいたいすんなり通してもらった俺達はこれから一人重要人物を逃がそうとしているわけだから。 鎌田は管理の意味のなさに思わず笑ってしまった。 しばらく歩くと、受付に辿りつく。 「御面会ですか?」 看護員に尋ねられ首を振る。 「特別研究員の鈴木だ。ここの患者を研究対象とする為、別棟への移動を許可願いたい」 「患者NOは?」 カルテを捲りながら尋ねる看護員に、鈴木は挑戦的な眼差しで答えた。 「NO.001。…大野智だ」 周囲が一瞬の沈黙の後、いっせいにざわめきだした。 「あなた達は…」 「聞こえないのか?NO.001だ。病室NO999。大野智だよ」 「少々お待ち下さい」 そう言い残すと、看護員は奥へと走っていく。. しばらくすると、病棟監視人が出てきた。 「お待たせ致しました。NO.001は現在実験棟に収容中です」 実験棟?何故…?第3世代でも作ろうというのか? 「実験棟?確認を取らせてもらっていいだろうか」 鎌田の申し出に、監視人は頷くと一台の管理用PCへと案内した。 鎌田がデータをはじき出す。 と、そこには実験日程が記載されていた。 2105/9/9 15:00開始 「あと、1時間…」 別のデータを読み込むと、実験手順と内容記述の後に、こう書かれていた。 『なお、実験対象としてNO.001を使用』 「…人間の扱いじゃねぇよな」 苦々しく鎌田が呟く。 「急ごう。間に合わなくなる」 鈴木はそう言うと監視人に一応礼を言い、二人は監視病棟を後にした。 ********** 10話です。 ちょっと悩みましたね〜、今回。なかなか文章が浮かんでこなくって…(汗)。 でも、とりあえず更新。えー、屋良っち達の過去はまた今度、と言う事で(ぇ)。 内容的にはまだまだ大丈夫なんでこのままここで更新していきますよ〜v何とかこの場で進めていけるように頑張ってみます。 あ、ちなみに今回の背景は…イメージの写真が探せず、自分で作りました(笑)。 一応すずっくんのIDデータの一部です〜。英語の間違い発見しても流してね〜(爆)。 ちなみにIDNOは適当に打った数字です(爆)。何か意味持たせようと思ったけど、思いつきませんでした(苦笑)。 ≪≪TOP ≪≪BACK NEXT≫≫ |