NO9 大野はまだ生きている。必ず助け出して一緒に逃げようと必死に頑張ってきた町田の心を絶望に陥れる出来事が起きたのはそれから2ヶ月後の事だった。 「…大野の願いを叶えてやれなかった」 研究室に戻ってきた鎌田は椅子に身を投げ出すように座り、悔しそうに呟くと頭を抱えた。 「鎌さん、どうしたの?」 町田の声に、鎌田は頭を振ると低い声で話し始めた。 「手遅れ、かもしれない。俺達が極秘で行なっている能力を抑える研究は…」 「どうして!!」 鈴木も顕微鏡から目を離し、振りかえる。 「大野が…投与されてから、1週間後にプロトタイプが作られてる」 「な…んだ、って?」 「大野に投与し、1週間経っても表立って拒否反応が出ない場合、別の人間…「生活棟」の少年達に投与しプロトタイプを作っているみたいだ」 …言葉を失った。大野は…そんな扱いを受けているのか。そして、何の罪もない少年達が…。それもこれも、自分達が不甲斐無いせいだ。 「…プロトタイプは、今何人いるんだ?」 鈴木の問いに、鎌田はため息をつき答えた。 「リーディング・ヒーリング・マインドコントロール…それぞれ一人ずつプロトタイプが作られている。そして、これからサイコキネシスの能力開発を行なうそうだ」 「鎌田…どうして、そこまでわかっててどうしてここにおとなしく帰ってきたんだよ!!」 止めなきゃ…大野の望みどおり、実験を止めなきゃ。 町田の言葉に鎌田が叫ぶ。 「俺だって止めようと思ったさ!!だけど、言われたんだ…お前達の為に、自ら犠牲になった大野の気持ちを無駄にしたくなかったらおとなしくしろって…」 一瞬の沈黙。 「大野が…俺達の為に?」 鈴木が呆然としながら呟く。 「大野が実験体になるなら…俺達をこのまま研究員として働かせてやる、と取引があったらしい」 「そんな…」 「大野は…俺達に研究員として、この実験をなんとしても阻止して欲しかったんだろう。もし、大野が断れば、俺達の誰かを実験台にするつもりだったらしい」 「なんだって!!」 「だから、大野は引き受けたんだ。自分を…犠牲にして俺達を…」 「バカだっ…アイツ」 町田が蹲る。 「だったら…なおさら止めなきゃだめじゃないか…」 少し震えた町田の声。 鎌田は、少し気持ちを落ち着かせようと深呼吸し、町田の問いかけに答えた。 「ここで、俺達が無理やり実験を阻止しようとして、消されてしまったら…誰も、止める人間がいなくなってしまう。手遅れだったとしても…おとなしく従っているふりをして、対抗薬の開発をするのが一番だと思う。そうすれば、この先、彼らを助ける事が出来るかもしれない」 「…それは、そうかもしれないけど」 町田の微かに震えている肩に手を置き、鈴木は言った。 「大野の、願いを叶えよう。元々俺達が開発した薬だ。対抗薬だってすぐに開発できるはずだ」 現に、もう少しで結果がでる。 そういった鈴木の手を町田は払い除けた。 「町田…?」 「大野に逢ってくる」 「逢ってくるって…」 止めようとする鈴木達を振りきり、町田は実験室へと向かった。 ++ ++ ++ 「大野に…逢わせてくれ!!」 実験棟の前で、町田は叫んだ。 「通すわけにはいきません」 「特別研究員なのに、実験棟に入れないなんておかしいじゃないか!」 特別研究員には、実験棟・研究棟・特殊研究棟・総合病棟の出入りが自由に出来るという特権が与えられていた。 「ですが…」 「入れないのなら…無理やり入るまでだ」 そういった町田の言葉を、遮るように実験棟の監視人が出てきた。 それぞれの棟には必ず監視人が存在する。その棟全てを支配し、監視している。 「逢わせてやろう」 それだけ言うと、監視人は奥へと入っていく。 町田はその後を追った。 しばらく、薄暗い廊下を歩かされ、辿りついたのは棟の最奥あたりにある個室だった。 「気がすむまで、みるがいい」 監視人はそう言い放ち、去っていく。 町田は、ドアに手をかけた。 心音が、速度を増す。 ゆっくりと、ドアを開ける。 そして…町田が見たものは… 体中にチューブを張り巡らせた、およそ人間とは思えない姿の大野らしき塊だった。 「お、大野…?」 町田は、頭の中が真っ白になりながらも、大野らしきモノに話しかける。 返事は、ない。 覗き込むと、チューブの隙間から見える顔は紛れもなく大野だった。 だが…開けられたままの眼は、何も映してはいなく…ただ、人為的に生かされているようなその姿に、町田は涙が溢れてきた。 「大野…大野…」 大野の、肩に触れる。 その瞬間 「うわぁ〜!!!!!!」 大野が叫んだ。 今まで死んだように虚ろだった大野の目が町田を捉える。 「く、るな…もう…止め…」 ものすごい力で拘束を解き、脳に直結するコードを引き抜く。 「大野!!大野!!!」 町田の叫びも、大野の耳には届いてはいなかった。 「もう…いや、だ…い、やだ…」 ただ、壊れたようにその言葉だけを繰り返す。 「大野…」 町田が呟くと…ドアが開き、警備員が駆け込んできた。そして、実験員も。 「なんてことしてくれたんだ。実験データが不完全になってしまうじゃないか」 町田には、その実験員が言っている言葉が理解できなかった。 …なんて、こと? それは…お前達じゃないのか。 大野は…ちょっと前まで、生きていると思ってた。 …でも、今の大野は。 すでに…生きているとは言えない。 大勢に囲まれ、再び拘束される大野の姿。 誰が…誰の…こんな事に… 町田の頭の中で言葉がグルグルと回る。 そして、一つの答えに辿りついた。 全ては…自分たちのせいだったのだ。 「ちくしょうっ!!」 町田は走った。 そして、そのまま研究室へ。 「町田!」 鈴木の声にも答えず、自分の机に向かうと… 「何してるんだ!!」 鎌田に押さえ付けられる直前、自分の実験用ハードディスクを床に叩きつけた。 「落ち着け…町田!!」 そう叫んだ鈴木を睨みつけ、町田は叫びかえす。 「こんな事…いつまで続けるつもりだ!!」 「大野の…願いをかなえてやるんだろ!!」 鎌田の声に町田は思いきり首を振る。 「違う!!大野はもう、何もわからない!!何も、わかってないんだ!!」 「どうしたんだ、町田!!何があった!!大野に会ってきたんだろ?一体、何が起きてたんだ!」 「大野は…もう、生きているとは言えない。思い出すだけで…あまりの辛さに吐き気がするっ」 言いきった町田に、鈴木が静かに話しかける。 「大野は、生きてる。まだ、生きてるよ。だからこそ、研究を続けて助けてやらなくちゃいけないんだろ?」 「…僕には、もう無理だ」 「町田?」 「ココには…もう、いたくない」 そう言うと、町田は二人から少し離れ、背を向ける。 「もう…大野が苦しむ姿も…酷い現実も…見たくはないんだ」 ゆっくりと町田の右手が顔に近づき… 「 声にならない悲鳴と共に、町田の手がゆっくりと下がってくる。 その時、鈴木と鎌田が目にしたもの。それは… 町田の右手に握られた、真っ赤に染まる球体だった。 ********** 9話です。 一気に書き上げました。 …さて、痛いでしょ?そろそろ痛いでしょ?どうしましょう…。このまま続けていいものか…。 悩みどころです。どう思います?(…聞くなよ) えー、最後の表現。「眼球」としていたのですが、あまりにもリアル過ぎたので、球体にしてみました。 少しはソフトになりました? まだまだ続きそうな感じの回想シーンですが、今回でいったん終了(ぇ)。 次回からはまた通常に戻ります。 …多分。 ≪≪TOP ≪≪BACK NEXT≫≫ |