NO17

尾身が大野を連れて逃げてから丸1日が経った。
研究室で、実験データの集計を行なっていた鈴木は、ドアを激しくノックされ、驚いた拍子に飲みかけていたコーヒーを噴出した。
「誰だよ、一体」
呟きながらドアをあける。鎌田も一緒に部屋にいる今、ここに尋ねてくる人物なんてろくな相手じゃないのは安易に想像がついた。
案の定そこには…
「失礼します。実験棟監視人からの依頼です。本日、行なわれる実験に立ち会って頂きたい、というのが1つ」
「…いきなり尋ねてきて、しかも遠慮無く喋るなよ」
心底嫌そうな顔で溜息をつく鈴木をよそに、実験員は続けた。
「それから…今、あなた達が行なっている研究に使われている実験対象達を一旦引き渡してもらいたい、というのが1つ」
「引渡し?それは、俺達の実験が終わり次第、という事で話がついていたはずだ」
「あなた達の実験が、終わる目途が見えない、というのが監視人の意見です」
とうとう、動き出したか。
もう、先延ばしすることはできない。
だが、とりあえず、尾身の足なら大野を抱えてでも、明日には東京へたどり着くだろう。
だからこそ、尾身は最後に逃亡させたのだ。
「わかった。別棟へ案内しよう」
そう言って、立ちあがった鈴木に、鎌田は驚いた目を向ける。
「鈴木…?」
「行くぞ、鎌田」
「あ、あぁ…」
ワケがわからないまま、鎌田は鈴木について歩き出した。
実験員も無言のまま、ついてくる。
「なぁ、あんた色々実験やってんだろ?真都が何をやろうとしてるか知っててやってんの?」
問いかけた鈴木に
「我々はただ、与えられた仕事を精一杯行なうだけだ」
と、無機質に答える実験員。
「へぇ〜、可哀想だね、あんた」
独り言のように言った鈴木の言葉に、実験員はもう答えなかった。
無言のまま、別棟へと辿りつく。
「なぁ…」
ふと、鎌田が声を潜めて話し掛けてきた。
「なんだよ」
「どうするんだよ」
「何が」
「何がって…どうごまかすつもりだ?」
「どうしようかね」
「オイ!!」
思わず声が大きくなる。
「シィ〜!!声、でけぇよ」
「すまん。でもッ!!」
「大丈夫、なんとかするよ」
そう言って、鈴木は別棟のドアをあけた。
しばらく歩くと、実験対象を隔離しておく個室がある。
そのドアをあけた鈴木は、いきなり大声をあげた。
「大変だ!!!」
「どうしたんだ!」
実験員が駆け寄ると、鈴木は淡々とした口調で答えた。
「誰も、いない。ちょっと眼を離してる隙に…逃げられてしまった」
「なんだと!?」
「逃げられてしまっては、引き渡す事も出来ない」
さて、どうしよう。
そう言って、肩をすくめた鈴木を見て、鎌田は思わず苦笑してしまった。
「お前達!裏切るのか!!」
「裏切るも何も…お前と違って、真都に全てを捧げて生きてきたわけじゃねぇからな。それに、逃がしたわけじゃない。逃げられたんだ。俺達の監視体制が甘かった、という非は認めよう。だが、逃げられてしまったものは今更仕方ないだろ」
さて、どうする?
挑戦的な鈴木の言葉に、実験員は舌打ちをして、背を向けた。
「とにかく、すぐに実験棟へきてもらう」
ついてこい。
歩き出した実験員の背中に、
「はいはい」
と、投げやりな返事を返して、二人は後に続いた。
++ ++ ++
「逃げられてしまったというのだな」
実験棟監視人室に連れられてきた二人は、何故かその場にいる特別研究棟監視人に尋ねられた。
「はい、申し訳ありません。監視体制が甘かったのは我々のミスです」
抑揚の無い声で、頭を下げる鈴木。
そんな鈴木に実験棟監視人は嫌な笑みを浮かべた。
「仕方ない、その件に関してはもうイイだろう。確かに、逃げてしまった5人はいずれも重要な実験対象で、真都の重大な秘密を握るものばかりだが…偶然にも、そんな実験対象だけが逃げ出してしまったのはお前達のせいではないだろうからな」
…嫌なやつ。
鈴木はそう思っていた。
分ってるくせに。
俺達が逃がした事を、コイツは分ってる。その上で、こんな余裕の笑みを浮かべるのには、何かワケがあるに違いない。一体、どんな手をうっているのか…。そう思うと、背筋がゾッとした。俺達が逃がしたのは、コイツもいった通り、重要人物ばかり。真都の裏に隠された秘密を握る重要な証人達だ。真都の存続も危うくなるかもしれないのに…この、余裕は一体…。
「お前達を呼んだのは他でもない。今から行なわれる実験のデータを踏まえて、研究を行なってもらう」
「一体、何の研究ですか?」
「催眠効果による記憶操作と洗脳状態の分析」
鎌田と鈴木は顔を見合わせた。
その実験は紛れも無く、大野を使って、昨日行なわれるはずだった実験だ。
「今回の実験対象は4人。全て第3生活棟から選び出された少年達だ」
…第3生活棟?
嫌な予感がする。そこにはアイツの…
「とりあえず、その4人のデータを2日間管理してもらう。そして、その4人にあった能力増大の試薬を1日で開発してもらう事になる」
「1日?無理ですよ、そんな時間では」
飽きれて答えた鈴木に、実験棟監視人は更に笑みを浮かべる。
「君達の開発していた試薬にほんの少し手を加えればいいだけの話だ。彼等はすでに能力の植え付けは終わっている。その能力を一時的でもいいから、増大させる試薬が欲しいだけだ」
「君達の頭脳なら、1日あれば十分だろう」
特殊研究棟監視人も続ける。
…能力の植え付けの終わった少年達。まさか、この少年達が「完成体」なのか?
「わかりました」
とにかく、真都が何をするつもりなのか、見届けなければならない。
気の乗らない実験だが、自分達の目で真都の動きを把握出来る、というのは魅力的だった。
「実験期間は3日間ですね。やってみせます」
そう言って、鈴木は二人に頭を下げると、鎌田と部屋を後にするべく、背を向けた。
その背中に、監視人の声が刺さる。
「そうそう。忘れないでおいてくれ。前にも、忠告した事があったが、君達は…」
「真都の監視下にある。ですよね。覚えてますよ」
振り向かずに答えた鈴木に監視人は笑いを含んだ声で続けた。
「そう…それだけは忘れないでくれたまえ」
「…失礼します」
ドアを閉め、鈴木は溜息と共に、言葉を吐き捨てた。
「忘れたくても、忘れられねぇよ…」
そのまま、二人は実験室へと向かった。
「完成体」の待つ実験室へと。
++ ++ ++
慎吾と話している途中、急に眠くなってしまった僕は、他の3人が色々話してる言葉も耳に入らなくなってきて…
「朝幸、眠いの?」
慎吾に聞かれてコクっと頷いた。
「ほら、あんまり眼をこするんじゃないよ」
ホント、猫なんだから。
苦笑する慎吾に、
「猫じゃないってば…」
と、反論するも、眠くて呂律が回らない。
「…朝幸?」
何?
答えようとしても、声が出ない…。
オカシイ…眠いから?
眠いから…声が出ないの?体が鉛のように重いの…?
眼が…瞼が…重くてあける事が出来ない。
なんだか、似たような感覚を味わった事がある。
そう…何度も。
これは…

「大変だ!!ねぇ、慎吾。屋良っち薬何回飲んだ?」
「え??えっと…2〜3回だと思うけど」
「弱ってたから…それだけでも十分範囲外かもしれない」
「何?一体、何がどうしたの?」
わけがわからないって顔で尋ねた町田に
「拒否反応だよ!!屋良っち、薬と相性悪いんだ。屋良っちの為に改良された薬飲んでも、5回に1回は拒否反応を起してる。僕らが今回持たされたのは、準備できなかったからって、皆同じ薬だった…屋良っちには全く合わないんだよ!!」
叫ぶ高木。植村は屋良に駆け寄った。
「屋良っち?大丈夫??しっかり!!!」
頬を軽く数回叩く。それでも、屋良は眼を開けない。
「どうしよう。また、眠り続けてしまうかもしれない」
「ダメだよ、何としてでも起さなきゃ。あんな風にうなされ続けて眠っていたら、屋良っちの体もたないよ」
「でも…起きないんだ」
泣きそうな植村の声に、町田は、植村の手から屋良を受け取った。
「とにかく、ベッドに寝かせよう。後は、僕がなんとかするよ」
そのまま、抱えあげてベッドへと運ぶ。
すでに屋良の意識は奥深くまで沈んでしまったらしい。
ピクリとも動かない屋良を、ベッドに降ろし、そっと離れようとしたその時、
「うっ…うわぁーッ!!」
突然、屋良が叫んだ。
寝室の窓が勢いよく開く。ベッド脇のテーブルが倒れる。
明かに薬によって抑えられていた能力が開放されている。
「まただ…魘されはじめてる」
呟く木。
「急がないと…とにかく、二人は朝幸を見てて」
高木と植村に向かって言うと、町田はある部屋へと走っていった。
同時に、魘されている屋良が、大量の血を吐いた。
「屋良っち!!」
植村が、慌てて屋良を抱え込む。
苦しそうにもがきながら、喉を掻き毟ろうとする屋良。
一体、どんな悪夢を見ているのか…。
考えると、心臓がキュっと痛くなる。
そう思いながら、屋良の血に染まった口元を植村は自分のシャツの袖でぬぐった。
出来る事といえば…屋良っちの吐血を止めるくらいだ。
自分の能力は、怪我を治すことが出来ても、屋良っちの苦しみを救う事は出来ない…。
悲しかった。木の時も、そうだった。
こんな能力を身につけられて…それでも、一番助けたい親友達を救う事は出来ないのだ。
自分が…嫌になる。苦しみもがく彼を目の前にして、何もする事の出来ない自分が…
「屋良っち…」
呟いた植村に木はそっと告げた。
「大丈夫。皆、同じだよ」
良侑だけじゃない…
その言葉に、植村は静かに頷いた。


**********
17話です。
さぁ、真都が動き出しました。
果たして、鈴木達はどうなるのか。尾身っち達は逃げ切れるのか。
そして、屋良っちはどうなるのか。で、今回はこのまま続けると長くなりそうだったんで、キリ良く(?)区切ってみました。
すぐ、続きも書きたいなぁと思ってますvv

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