NO18

とにかく、鎮静剤を打たなくてはいけない。
…が、薬にアレルギーがある屋良に対して、普通の鎮静剤を投与しても大丈夫なのか。
町田は、少し考え込んだ。
しかし、躊躇している時間はない。
あの、魘されようは尋常ではなかった。
眠りから無理やり覚ますことは出来ないにしろ、せめて力を抑えて大人しくさせてやる事くらいはしてやりたい。
あんな状態で、力を放出しながらのた打っていたら、体力が落ちていくのは目に見えている。
「やってみるしか、ないな」
町田は、薬品が並んだ棚の引出から、ケースを取り出した。
中身を確認する。
間違いなく、安定剤のアンプルである事を確認し、再びケースを閉めて、急いで屋良の元へ向かう。
ドアをあけると、すでに部屋の中はかなり散乱した状態になっていた。
二人が必死に屋良を押さえている。
「お待たせ」
「どうするの?」
「とりあえず、安定剤を投与してみる」
町田は、ケースから注射器とアンプルと取り出すと、急いで針をセットしながら、高木に向かって言った。
「しっかり押さえてて」
「わかった!」
屋良が動かないよう、二人がかりで押さえ込む。
そして、町田が屋良の腕を取り、ゆっくりと針を指し込んでいく。
「頼む…効いてくれ」
言いながら、安定剤を投与する。
しばらくすると、屋良の体から力が抜けていくのがわかった。
「よかった…落ちついたみたい」
植村がホッとして笑う。
「あとは…起きるのをただ待つしかないね」
町田が言うと、高木が少し辛そうに呟いた。
「…起きるかな、屋良っち」
「大丈夫、皆で呼びかけてあげればちゃんと戻ってくるよ」
町田はそう言うと、高木の頭をそっと撫ぜた。
「あの時…大野の事も呼びかけ続けてやっていたら…」
…高木には、切なそうな町田の心が聞こえてきた。
++ ++ ++
実験室に辿りつき、二人は大きく深呼吸してからドアを開けた。
実験室の中には、ベッドが4つ。
それぞれに、少年達が横たわっている。
一番奥の少年を見て、鈴木は息を呑んだ。
「やっぱり…」
嫌な予感ほど的中するもんだな。
呟いて、鎌田の耳元に小声で伝えた。
「真次がいる」
「え?」
まさか…
そういって、奥に目をやった鎌田は驚きを隠せないといった顔で鈴木を見た。
「なんで…彼が」
「真都はわかってて彼を選んだのか…それとも偶然か。どちらにしても、町田は…辛いだろうな」
育った家庭は別々とはいえ、彼等は半分は血の繋がった兄弟だ。真都で再会してからは、時々会っては仲良く過ごしていた。
…それなのに。
「このままいけば…多分、彼は町田の敵に回ることになる」
なんとか、してやりたい…
そう考えていた二人の耳に、
「早くデータの採取に取りかかってください」
実験員たちの声が届く。仕方なく鈴木たちは少年達に近づいていった。
良知以外の3人は、見たことがない。
同じ生活棟の出身とはいえ、鈴木たちがいたのは第1生活棟だ。よほどのことがない限り、別の生活棟を行き来する事が無いため、棟が違えば、滅多に逢う事はない。事実、屋良達と逢ったのも研究棟に来てからだ。良知と町田が出会う事が出来たのは偶然…いや、奇跡に近いものだったのだ。
それにしても…屋良よりも幼そうな少年もいる。
思わず溜息をついた鈴木に、実験員が話しかける。
「NO.006。島田直樹。能力はサイコキネシス。催眠効果により、怒りの感情に比例する能力値の上昇が見られます」
口を挟む間もなく、隣の実験員が続ける。
「NO.007。萩原幸人。能力はヒーリング。催眠効果により、哀しみの感情に比例する能力値の上昇が見られます」
「NO.008。石田友一。能力はリモートビューイング。催眠効果により、現在、大幅な能力値の上昇が見られます」
「NO.009。良知真次。能力はテレパシー。催眠効果による能力値の上昇は今の所見られません」
…催眠効果で能力値を上昇させる?
おかしい。それだけが目的ならば、自分たちは試薬を開発する必要がない。
催眠は…もっと他の事にも使われているのではないか?
能力の上昇を目的としてるのではなく…たまたま能力値も上昇した、という事なんじゃないか?
そう思っていた鈴木の耳に、実験員の言葉が更に流れ込んでくる。
「なお、これから彼等の記憶を催眠により、操作する事によって、全く新しい人格を形成します。能力をより引き出しやすい人格形成実験です。更に別の実験として、催眠による洗脳状態の分析もあわせて行ないます」
…なんだって!?
「人格を…変える?」
「彼等の能力を最大限に引き出すためには、人格の形成を行なうのがベストです。例えば、NO.006は怒りの感情が上がれば、能力値も上がる。ならば、怒りの感情を上げ易い人格にすればいい、というわけです。」
「更に、別の実験として、催眠による洗脳は果たしてどれほどの効力を持つものなのかを平行して行なう、というのが監視人からの依頼です」
「そんな説明をして欲しかったわけじゃねぇよ」
毒づいて、鈴木は溜息をついた。
あまりにも…酷すぎる。
人を人とも思わない、この行為。
彼等は…生きながら、殺されていくのだ。
「そこまでするなら…俺達は試薬を開発する必要はないんじゃないのか?」
鎌田の問いかけに鈴木も強く頷いた。
「更に、安定して能力を増大させるためには、やはり投与に頼るほかはない、という結論に達しました」
「…そんなに、能力を上げてどうしようってんだ」
吐き捨てるように言った鈴木の言葉に、実験員からは無機質な言葉が返ってくる。
「真都がこれから発展していくためです」
「発展…ねぇ」
くだらない。
そんなくだらない理由の為に、彼らは…屋良達は…そして大野はこんな酷い目にあわされなくてはいけないのか。
彼らのデータに、一通り目を通していた鈴木は、ある事に気がついた。
「なぁ、鎌田」
小声で呼びかける。
「なんだ?」
「もしかすると、俺達はラッキーかもしれない」
「何の事だ?」
首を傾げた鎌田に、鈴木はニヤっと笑って答えた。
「戻ったら、作戦会議だ」


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18話です。
やっぱりこの4人でした(笑)。
ご想像通りだったとは思いますが…。
えー、ちなみに、良知君と町田さんは兄弟という事になっております。
これは最初からずっと考えていたんです。良知君は重要人物にしたいと思っていたので。
何故って?それは私が良知好きだから(爆)。


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