NO19

その日の実験データを手に、鈴木達は研究室へ戻ってきていた。
データを見ながら、鎌田は深い溜息をつく。
「催眠によって、確実に能力は上がってる。その分、彼らはどんどん人間じゃなくなってく気がするよ」
「…実際、彼らは自分達の事を「完成品」と言ってたな。催眠によって教え込まれてる結果だろう」
「それにしても…能力の向上に薬まで使って…その上、催眠で人格まで…真都は一体何をする気なんだ?」
鎌田の問いに、鈴木はニヤっと笑った。
「それを、聞いてみようじゃないか」
「誰に聞くんだよ」
わけがわからない顔の鎌田に、鈴木はデータの中からある実験結果を鎌田に差し出した。
「…コレが、どうしたんだ?」
「よく見ろよ。彼だけ、催眠前と催眠後でさほど変化が見られない」
「…ホントだ。良く見ると、一番重要な能力値には大きな変化が見られないな」
「彼は…催眠がかかってないんだよ」
「え?」
「…思うんだが、彼らは実験開始前からずっと催眠によって、記憶も人格も操作されている気がする。話してみてわかったんだが、感情ってモンがないんだよ。ただし、自分たちの能力を上げる感情に関してだけはもの凄く豊かに表現してくる」
「どういう事だ?」
「例えば、島田って子がいただろ?彼に、色々尋ねてみたんだ。何処から来たのか、とか実験に対してどう思うんだ、とか。そしたら、「第3生活棟から特別に選ばれてココに来たんだ。真都の発展の為に協力できる事は素晴らしい事だよ」…って抑揚なくいうんだよ。…全然心が感じられないんだ。まるで、台本を読んでるかのようだった。…でも、「実験、辛くないか?」って聞いたとき、彼は急に怒り出した。そして、「実験は真都の為に行なわれるモノ。俺はそのおかげで完成品になる事が出来たんだ。心から感謝してるから辛くなんてない。アイツ等みたいに、裏切って逃げたりしない。失敗作のクセに。絶対に許さない」…そう言ったんだよ」
「アイツ等って…」
「そう、屋良達のことだろうな、きっと」
「それじゃあ…」
「彼等は、どうやら屋良達の事を敵として色々と教え込まれてるらしい。となると、彼等は真都が用意した刺客、という事なんじゃないか?」
「屋良達が、危険じゃないか!」
町田に知らせなきゃ!!
立ち上がりかけた鎌田を鈴木は引き戻す。
「まぁ、聞けって。だから、それを確認しようって言ってんじゃねぇか」
「…確認?」
「そう。彼は…催眠がかかっていないにも関わらず、かかったフリをし続けている。彼もまた、俺達と同じ考えなのかもしれない」
「同じ考え?」
「真都の…裏に気づいた人物って事だ」
「だとしても、どうやって聞き出すんだよ」
「俺達は、今彼等の実験データを採取してんだぜ?いくらでも理由をつけて、この部屋に呼び出す事が出来るじゃないか」
「そう言われればそうだな」
鎌田の言葉に鈴木は大きく頷いた。
「多分、薬の開発と同時に、彼等は屋良達を追って東京に出てしまうかもしれない。そうなる前に…真相を確認しようじゃないか」
そういって、鈴木は研究室の電話を手に取った。
「鈴木だ。本日の実験データで不完全な場所があった。開発に支障をきたす為、緊急にデータの再取得を行ないたい。研究室へと呼んで欲しい。あぁ…実験対象NOは…NO.009。良知真次だ」
++ ++ ++
ドアをノックする音と共に、担当員の声が聞こえた。
「失礼します。NO.009を連れてきました」
「あぁ、入ってくれ」
鈴木が答えると、ドアがあき、担当員と、その後ろから少年が姿を現した。
「ありがとう。君はもう下がっていい」
担当員にそう告げると、鈴木は良知を椅子へと座らせた。
「では、失礼いたします」
そういって、担当員は出ていった。
「全く、相手が催眠状態だと思って安心してんだろうな、真都は」
裏切り者の俺達を、全く警戒しちゃいないんだからな。
呟いて苦笑した鈴木は良知に向って「なぁ」と話しかける。
「…」
俯いたまま顔を上げようとしない良知。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「……」
「大丈夫…俺達は、お前の味方だ」
「……」
「なぁ、催眠なんて…かかってないんだろ?」
鈴木の言葉に良知は「はッ」と顔を上げた。
「わかってんだよ。お前、微妙に調節してあいつ等にはわからないように少し能力データを変えてるみたいだけど…俺達にはすぐわかるんだよ。実際には、データはほとんど変化してない」
「…ばれてたんですか」
仕方ない、というように良知は口を開いた。
「バレてんだよ。大丈夫。さっきも言ったが俺達はお前の味方だ」
「で、僕を呼び出したのは何か理由でも?」
さっきとは全く違う態度に鈴木は思わず苦笑する。
「なんだよ、全く変わってないな、お前」
「1年やそこらで人間簡単に変わんないよ」
肩を竦める良知。そんな良知を見て、鈴木も鎌田もひっそりと安堵していた。
彼は、人格を奪われてはいない。
「なぁ、聞きたい事があるんだ」
「何?僕達の使命のこと?」
「使命?」
「そ、僕達は真都から暗示をかけられてる。昨日から…狭い部屋に全員入れられて…ずっとずっと…逃亡者に対して、憎しみや敵対意識を植え付けられてる。僕等は…彼らを憎むように、洗脳されてるんだ」
「で、あいつ等をなんとかしようってわけか」
鎌田の問いに、良知はコクっと頷いた。
「僕等は…彼らを消去しろと言われている」
「消去!?」
「そう…僕等は、実験員や担当員から「完成品」と呼ばれ、特別な人間だと言われてる。他の人間よりも優れた人間だと…。そして、逃亡者は「失敗作」だと。だから、抹消しなくちゃいけないって…」
「…で、真次はかかったフリをして、どうするつもりだったんだ」
「とりあえず…何とか石田達を止めなくちゃと思って」
「真都のやり方には反対なんだな?」
「人間が人間を消去するだなんて考え、賛成できるわけないよ」
答えた良知の頭を鈴木はクシャっと撫ぜた。
「いい子に育ってくれてお兄さんは嬉しいよ」
「ヤめてよ、恥ずかしい」
そう言って、恥ずかしそうに笑う良知。
「真次…お前達の標的は…お前の兄さんと一緒にいるんだよ」
「え?」
「全員…町田にかくまってもらってるんだ」
「…兄さん、のところに?」
「そう。だから…このままお前達が動き出したら…町田も危険なんだ」
「そんな…」
「とにかく、真次が催眠にかかってなかったのはラッキーだった。俺達に運が向いてるのかもしれない」
「僕、なんでもするよ。兄さんも、逃亡してる人達も…そして、僕の仲間も助けたいから」
「真次は…催眠にかかってるフリをし続けてくれ。そして、真都の命令通り彼等と一緒に行動してくれ」
「わかった」
「真都の思惑通りにいかないよう、うまく動いてくれ。そして…町田を助けてやって欲しい」
鈴木の言葉に、良知は大きく、力強く頷いた。
++ ++ ++
「まだ、かな…」
しばらく歩いた尾身は、ふと立ち止まった。
ずっと歩き続けて、しかも、人一人をずっと抱え続けて…そろそろ体力も限界だった。
「少し…休憩」
そんな余裕がない事はよくわかってる。…が、そろそろ薬も飲んでおきたい。
尾身の能力はマインドコントロールだが、1度失敗した時の副作用らしく、能力を発揮していると頭痛が激しくなる。
そのため、薬で能力を抑えなくてはいけなかった。
「よっ…と」
大野を木の下に寄りかからせて座らせ、自分も地面に座り込む。
薬を取り出し、2錠ほど手に取ると、口に放り込み、無理やり飲み込んだ。
ゆっくりと、薬が体の中に浸透していく感覚がわかる。
「それにしても…」
一向に目を覚まさない大野を見て、尾身は首をかしげた。
一体、何者なのか。
ふと、その血の通っていないかのような真っ白な頬に手を伸ばす。
微かに、指先が触れたその瞬間…大野は、目を見開いた。
「いやぁ!!!」
突然、大声で叫び出す。体が痙攣し始める。
「なんだよ…一体」
しばし呆然としてしまった尾身は、鈴木に言われた事を思いだし、アンプルと注射器を取り出した。
「ったく、わけわかんねぇよ」
そう呟きながら、大野を押さえつけ、針を刺す。
徐々に大野の体から力が抜け…再び深い眠りについていった。
「…休んでる場合じゃねぇな、コレは」
尾身はそう呟いてまた大野を抱えて歩き出した。
もうすぐ…皆に会える。
そして、もうすぐ、この可哀想な大野も…町田の元へ送り届けられる。
そう信じて…尾身は1歩1歩前へと踏み出していった。


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大変お待たせ致しました。19話です。
が、あんまり進展しておりません(汗)。
次回はとうとう、彼等が放たれると…思うんですけどね(苦笑)。
なんだか、疲れてるせいか、わけのわからないお話になってきてしまいました(汗)。
えっと…もっと頑張ります。


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