NO28

「島田…起きないね」
萩原の言葉に、良知は黙って頷いた。
「多分…壊れてしまったかもしれない」
「壊れたら…どうなるの?」
「…もう、目覚めはしないかもしれない」
そう告げた良知に石田が詰め寄る。
「どうして…どうして島田が…」
わからない。
あの時、どうして島田は壊れてしまったのか。
屋良の力ではない事は、わかっていた。ただ…
何が、島田をこうさせてしまったのか。
「僕にも…わからないよ」
左右に首を振り、小さく答える。
「島田…」
ホテルのベッドで横たわる島田を、ただ呆然と見つめていた石田の目に、何やらやろうとしている萩原が映った。
「何、してるんだ?」
「薬。能力を上げる薬」
「さっき、お前飲んだじゃないか。島田の怪我を治すのに」
どうしようっていうんだ?
石田の言葉に、萩原はキッと視線を向けた。
「飲むんだよ。あれじゃ、足りなかった。もしかしたら、もっと飲めば壊れた精神だって治してあげられるかもしれないじゃない!」
そういって、薬を口に放り込もうとする萩原の手を、良知と石田は慌てて止めた。
「ばか言うなよ!!お前、数分前に飲んだばかりだぞ?しかも、最大の4錠を飲んでる。これ以上飲んだら…」

…壊れる。

「薬は、一日に一回しか飲めないって言われてるじゃないか」
良知と石田の言葉に、萩原は目に涙を浮かべ反論した。
「でも!!!島田は目を覚まさない。僕が…もしかしたら、僕が能力さえ上げれば、助ける事が出来るかもしれないんだよ?僕は…島田を助けたい。このまま、島田が目を覚まさないなんて、嫌だよ…だから…」
「…島田が目を覚ました時、萩原が壊れてしまっていたら、島田はきっと自分を許せなくなると思う」
良知の言葉に、萩原はハッと表情を変えた。
「もっと…もっと方法があるはずだ。島田を助ける方法が」
だから…
「僕に、まかせてくれないか」
良知の言葉に、石田が問い返す。
「…本当に、助けてくれるんだよね」
「大丈夫。僕は…皆を助けたいんだ。だから、信じて欲しい」
「どう、すればいいの?」
萩原が言った。
「どうすれば、島田は助かるの?」
「…とにかく、彼らに会おう」
「…彼ら?」
「そう…全ての鍵は、彼らが握っている。島田を助ける事が出来るのは、真都じゃない。彼らだ」
良知の言葉に、石田と萩原は静かに息を呑んだ。
++ ++ ++
「屋良っち、どう?」
まだ、寝たままの僕のところに、薬を片手にまっさんが顔を覗かせてきた。
「うん…大分いいけど…」
まだ、頭がクラクラする。
そういうと、
「視神経が、ちょっとバランスを失ってるせいもあるかも。時間が経てば、すっかりよくなるさ」
俺の腕を信じてよ。
そういって、にかっと笑う。
「まっさん、少し話してもいい?」
そういうと、
「いいけど、どしたの?」
と、ベッドに腰掛けた。
「一人でいると…なんだか、色々思い出しちゃって…」
辛いんだ。
そう告げた僕の頭をヨシヨシと撫ぜると、
「じゃあ、話しよっか」
と言ってくれた。
「まっさんは…いつ東京に来たの?」
その問いに、
「俺は、10歳の時、技術棟に移ったんだ。それから、ずっと人間の体の一部を作り続けてきた」
「体の…一部?」
「そう、手、足、顔、胴。とにかく、人間と寸分変わらないものを機械で作り出せ、というのが監視人からの命令だった。来る日も来る日も作り続けて…ある日、気がついてしまったんだ」
「何、に?」
「技術棟には、研究員も出入りする事がある。実験に体の部品を必要とすることもあるから。でも、見慣れない研究員が増えてたんだ。感情のない表情。でも…どこか見覚えもある気がして…そして、気づいてしまった。彼らは…俺が作った部品だったんだよ」
「え?」
「俺がバラバラに作った体の部品。それは人間のものと全くといっていいほど、同じ構造をしていた。それを、真都は繋ぎ合せてアンドロイドを作り上げていたのさ」
「アンドロイド…」
「そう、見た目は人間ソックリで、中身は真都の思い通りに動く人形だ。その時、俺は逃げようと思った」
「どうして?」
「だって、そうだろ?隠れてそんな事をしてるなんて、恐ろしい都市に決まってる。このままいたら、何をされるかわからない。そう思って、俺は逃げる決意をした。その時、知り合ったのが鈴木君だ」
「鈴木君?」
「そう、夜中、抜け出そうと別棟の裏をウロウロしてたら、「何をしてる!」って見つかってね。どうしよう…って思ってたら、鈴木君がたまたま通り過ぎたみたいで…」

『俺の研究対象だ』

「鈴木君がそう告げると、監視員は何事もなかったようにいなくなった。そして、鈴木君は俺のところに来ると…」

「所属、何処?」
「え、技術棟ですけど」
「そっか、じゃあ、今後お世話になるかもしれないしなぁ」
そういって、笑った鈴木は紙を取り出し、何かを書き始めた。
「これ、俺のメール。何か困ったらこれに連絡して。電話も書いてあるけど…メールの方が、よく見るから」
「あの…」
「逃げるんでしょ?だったら、困る事、あるかもしれないし」
どうも…色々あるみたいだからね、この都市は。
そう苦笑した鈴木は松本の背を押した。
「本音言うとね、「外」に知り合いを作っておきたかったんだ。だから…見逃してあげるから、必ず連絡してきて」
じゃあね。
そう言って、鈴木はニッコリと微笑んだ。

「その3日後…俺が、何とか東京に抜け出て…約束どおりメールをしたら…」

「助かった。早速助けて欲しい。一人、真都から出すつもりだ。助けてやって欲しい。彼は…右目を、失っている」

「その言葉と一緒に送られてきたのが、町田さんのデータだった。それで、しばらくして街中で町田さんを見つけて…」
「右目を…作ってあげたんだね」
「そう。部品や道具は鈴木君が何とか調達して送ってくれてね。完璧な目を作り上げる事が出来た。でも…」
「でも?」
「町田さんは…悲しそうだった。最後まで「視神経はつながないでくれ」って。だから、俺、余計な事しちゃったのかなって今でも悩んでる」
まっさんの言葉に、僕は大きく左右に首を振った。
「違うよ。まっさんは余計な事なんてしてない。だって…」
僕は…
「慎吾の…右目が大好きだから」
そう言って、ニッコリと笑うとまっさんは少し安心した顔で笑った。
「ありがと、何か、嬉しいや」
その時…
「松本、これ…」
慎吾が入ってきて、封筒を差し出す。
「…なんだろ」
それは、差出人のない封筒。
まっさんが、慎重に開けると、そこには数枚のROMと一枚のメモが入っていた。

『何かあったら、これを公表してくれ』

「鈴木君だ…」
まっさんの呟きに、慎吾は眉を潜めた。
「どうして…?」
首を傾げた慎吾は、不図何かに気がついたように慌ててPCを取りに行く。
そして、開いてメールを確認すると…
「やっぱり」
そこには、鈴木からのメールが届いていた。

『話たい事は山のようにあるけど…とにかく、時間がない。2日後、データ収集日に行動を起こす。その為のデータを送っておく。何か…俺達に何かあったら、後を頼む。それから、薬の開発に成功した。試薬段階の投与実験を行っていないので、何ともいえないが、人体に有害なものはない、と判断できた。彼らを…救って欲しい。心から、お詫びしておいてくれ。最後に…

                                                         大野を、頼む』

添付ファイルは、松本に届けられたROMの内容と同じもの。そして、能力を完全に抑える薬のデータが入っていた。
「すずっくん…鎌さん…」
慎吾は、言葉が続かないかのように黙り込んでしまった。
「慎吾…大丈夫だよ。二人とも、絶対大丈夫だよ」
だから
「泣かないで」
やんわりと慎吾を抱きしめた。
「朝幸…」
ごめん…
そう言って、慎吾は声を出さずに泣いていた。
慎吾も…鈴木君も…鎌田君も。
そして、まっさんも、尾身っちも、良侑も誠君も…
そして彼らも。
こんなに苦しんでる。
真都のせいでこんなにも苦しんでる。
真都は…存在してはいけないんだ。
「僕、負けないよ…」
自分に言い聞かせるように呟く。
「負けない…負けないから…」
その言葉に、慎吾は無言で頷いた。






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28話です
やっと更新です〜。
そろそろ山場を迎えてますね(何処が?)
かなり長編になりましたね〜。でも、そろそろ終わる気もしないでも…
え?終わるのか?どうなんだ?(何)
とにかく、頑張ります。

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