NO31

慎吾の口から語られた過去は、前に僕等に聞かせてくれた辛く悲しい過去だった。
研究を始めた事。かけがえの無い友人を失った事。そして、自分の手で眼に見える物を制限した事。そして…全てを捨て、逃げ出した事。
きっと、何度も語る事は慎吾にとってとても辛い事だと思う。
それでも慎吾は赤裸々に、彼等に全てを話した。
そして
「僕の話はこれでおしまいだ。何か、質問ある?」
と黙り込む彼等に尋ねた。
「良知君と、本当に兄弟なわけ?」
石田からの言葉に、慎吾はゆっくり頷いた。
「あぁ、その話をしていなかったね。僕等は血の繋がった兄弟だ」
腹違いの兄弟で、真都に行く前に一度だけあった事があった。
偶然にも、真都への移住も同じく決まり、真都へ行ってからは一緒に過ごす時間が増えた。
そして…親に捨てられ、生活棟に引き取られる。
正確には、慎吾の父が、真次の母親の元に行ってしまった為、しばらくは一人で慎吾を育ててくれていた母も身体を壊し、慎吾を育てられない状態になり、生活棟へと慎吾を預け、真都から抜け出したのだ。
その後、真次の両親が、真都での生活に耐え切れず、真次を捨てた。
「東京に戻ってきて、母を捜してみたんだ。でも、すでに亡くなっていた。何だか言いようの無い気持ちになって…都心から離れた此処で暮らし始めたんだ」
生活棟での生活。年に一回、各棟の代表者が選ばれ、生活態度や規律についての話し合いがもたれる。
代表に選ばれた慎吾が討論室で座っていると、第2生活棟の代表として現れたのが真次だった。
「すごい偶然だと思ったよ。棟が違えば滅多に顔をあわせる事はない。その素晴らしい偶然に感謝したよ。僕等はよく遊ぶようになった。すずっくんや、鎌さんも一緒に。大抵、真次が第1生活棟に顔を出していたんだ。だから、君達は知らなかったんだと思う。でも、そんな生活もすぐに終わった。僕等は研究者として、研究棟へと移住したから」
そこまで話した慎吾は、少し深呼吸をした。
「次は…朝幸たちの話を聞く?」
その言葉に、彼等は頷いた。
だから、僕等は慎吾に話して聞かせた事をまた繰り返した。
皆で、どれだけの苦しみを味わったのか。どれほどの悪夢に魘されていたのか。自分が人間では無くなっていく感覚を、ジワジワと感じるのがどれほど気が狂う想いを伴うものなのか。そして…死にたい、と何度思ったかを。
彼等は、話を聞きながら、時々頭を振ったり、両手で頭を押さえたり、顔を歪めたりしていた。
さっき、真次が言っていた「頭痛」が始まっているのかも。そう思った。
ならば、彼等は僕等の言葉を真実と受け止め、真都の本当の姿に気付き始めたって事だ。
「大丈夫?」
真次が隣の二人を覗き込むと、二人は黙って微かに頷いた。
そして…萩原が口を開いた。
「僕の事…話してもいいですか」
一瞬、僕等は驚いたけど、全員が頷き、少しの静寂の後、彼は話始めた。
「僕は…両親の事を何もしりません。孤児棟というのがあるのをご存知ですか?」
僕等は全員首を振った。孤児棟…聞いた事がなかった。
「産まれたばかりの子供が捨てられた場合、自立を求められる生活棟での暮らしは困難な為、保護設備が整っている孤児棟へと運ばれるんです。森との境目にひっそりと立てられた小さな棟なので、存在をしってる人は真都の中でも数少ないんです。僕は、ずっとそこで育ちました。…島田も、一緒でした。小さな頃から、僕は自分の気持ちを上手く言葉に出来なくて、上手く話をする事が出来なかったんです。そんな僕は、周りの子供からいじめられたりもしました。でも、いつでも島田が助けてくれたんです」
『幸人をいじめたら、僕がゆるさない!!』
「それは、五歳になって、生活棟へと移住しても変わりませんでした。少し、自閉的な僕に、島田はいつも付き合ってくれました。部屋も同じ、起きるのも、寝るのも…食事をするのも。常に一緒でした。そうして、僕は少しずつ、周りとも打ち解けられるようになりました。それでも、島田は常に「何かあったらすぐに言うんだぞ」と僕に言ってくれました。かなり、甘やかされてますね、僕」
自嘲気味に笑う。
「同じ階、しかも隣の部屋に住んでいた良知君とはすぐに仲良くなりました。良知君は…とても優しい空気を持ってた。僕にとって、島田以外では初めて抵抗なく打ち解ける事が出来た人でした。優しくて頼れるお兄さん、そんなイメージでした。良知君の同室者だった石田君は、最初少し怖く感じたけど…それでも、少し立てば、僕にとってとても頼りがいのある存在になってました。このまま、4人で仲良く暮らしていける、そう思っていた矢先に、研究への参加が決ったんです。それからの事は…あまりよく覚えていません。気がつけば、僕には特別な力が身についていたんです。催眠をかけられた、とかそんな事は全くわかりません。覚えが無いんです。ただ…確かに、意味もわからず、皆さんを敵だと、ずっと思ってました。…今、この瞬間まで」
萩原は、少しだけ大きめに息を吐いた。
「話してみて、気がついた事があります。僕等はあなた達の事を何も知らなかったんだ、という事です。何故、何も知らない皆さんの事を、ずっと敵だと思い続けたのか。僕にはわかりません。それが、催眠なのかもしれない。それでも…でも、真都が僕の育った街だという事も事実なんです。僕と島田が、ずっと育ってきた、思い出の詰まった都市なんです。その街が、僕等を裏切る…それは考えたくないんです。信じたくないんです」
そこまで、一気に口にした萩原は眼に涙を浮かべていた。
「すみません…自分でも、何がなんだかよくわからないんです。感情が上手く言葉に出来ない…ダメですね、島田がいなくちゃ、僕は自分の気持ちを話す事も出来ないんですね」
そう言って、泣いた。
きっと、自分の為の涙ではない。
島田の為に流している涙なんだと思う。
彼等は…確かに、僕等の敵だ。
まだ敵なんだ。
でも…彼等も間違いなく、被害者だった。
不図、慎吾が口を開いた。
「君達に与えられた、考える時間は、あと2日。2日後には鈴木達が、真都への反旗を翻す。もし、動きがなくても、僕のPCに届いてるデータ。そして、松本君宛に届いたROMを元に、僕等が行動を起こす。真都と、全面戦争の覚悟だ」
僕は、不図気になった。
「さっきの…まっさん宛に届いてたの?」
「鈴木の手紙に書いてあったんだ。松本君の家は真都が割り出した、旧真都住民データに載っている為、警備が厳しくなった今は、手紙も全てチェックが入るらしい。幸い、僕の家はまだ探し出されていなかったんだよ。彼等に見つかったのが、最初だ。それで、急遽僕の家に送ることにしたらしい。僕の家なら、何とかなるんじゃないかと思ったんじゃないかな」
「そんな事まで調べ上げているのか…」
尾身っちが呟いた。
「そう。真都は全てを掌握しようとしている。辛いかもしれないけど…しっかりと考えて欲しい。…自分の意思で」
そう告げた慎吾は、泣きじゃくる萩原の頭をフワリと撫ぜた。
「辛いよね。君の気持ち、僕は理解出来てるつもりだ。僕も…かけがえのない友人を、同じように失ってしまっている状態だから。でも…彼等はまだ生きているんだ。望みを捨てちゃいけない。だから…彼がいつ戻ってきても、大丈夫なように、君は自分の力で生き続けていかなきゃいけない。君がいなかったら…彼はきっと悲しむと思う。だから…しっかりと考えて、自らの進む道を決めるんだ」
そこまで言って、慎吾は少し笑った。
「それでも…今は、気が済むまで泣いていいよ?涙を流すと…少し気持ちが楽になるんだ。僕は、何度も経験済だからよくわかる」
慎吾は、そう言って僕を見て笑った。
萩原は、声を上げ、泣き続けた。

皆が、幸せになる為に。
戦う事は、良くない事だけど…
戦いのない日々を迎える為にも…
僕等は、最後の戦いに挑むんだ。
もう二度と、悲しむ事がないように。
もう…誰の血であっても、流れて欲しくない。
傷つけあうと、一番血を流している場所は心だという事を、僕は知っているから。
だから…


あと、2日。




**********
31話です
今回は萩原君の回想シーンとなりました。
何とか、もうすぐ真都と戦いです。
戦います。
彼等は仲間となるのか。
それとも、最後まで敵となるのか。
何だか、戦いが見えてきたので、終わりも見えてきた気がする今日この頃。
戦いが終われば…ほぼ、この連載の最終地点へと向かいます。
あぁ、描いているエンディングへ、ちゃんと向かっているのだろうか…
不安だ(ぇ)。

≪≪TOP                       ≪≪BACK       NEXT≫≫