NO8 大野が戻ってこないまま1週間が過ぎていた。 「どうなってるんだ?」 鎌田が苛ついた口調で問いかける。 「部屋にも、1度も帰ってきてないんだよ」 彼らは、研究棟の中に部屋を与えられ、そこで生活していた。同室者の町田は毎日、眠らずに大野の帰りを待っていた。 「…嫌な、予感がする」 鈴木がボソっと呟く。 「やめてよ、すずっくん。そういう事いうの」 町田に窘められ申し訳なさそうに苦笑する。 「そうだな、縁起でもない…」 でも… 三人の頭には、同様の不安があった。 最近、与えられる研究結果のデータの数値が良すぎるのだ。 今までのラットの研究データとは比べ物にならない程の数値が如実に表れていた。 3日前、鈴木が実験担当者に問いただしてみても 「新しい実験対象が出来ただけだ」 そんな事は気にせず、研究を続けろ。 と言われただけだった。 何かが、起こっている。 彼らが大野の姿を再び見る事が出来たのは、それから更に1ヶ月後の事だった。 不意に開けられた研究室のドアの向こうから姿を現したのは、すっかり衰弱しきった大野だった。 「大野!!」 三人が駆け寄ると、大野は少し後ずさる。 「近づかないで」 「どうして!!」 「辛いんだ…」 苦しそうに頭を抑えながら答える大野の声は、耳を澄まさないと聴き取れないほど力無いものだった。 「…大野。まさか」 鎌田が尋ねる。 上がり続ける特殊能力数値。その数字は普通の人間をはるかに超える数値になっていた。 ラットを使っての実験ではここまでの数値は出ないであろう事は一目瞭然だった。 だとしたら… 「投与、されたのか?」 続く鎌田の問いに、大野は微かに頷いた。 「僕は、もうダメだ。研究は続けられない」 サヨナラ… そう言って、去ろうとする大野を呼びとめる。 「どういう、事だよ!説明しろよ!!」 町田にしては珍しく声を荒げる。それ程町田は混乱と不安に押しつぶされそうになっていた。 「頼む…感情を抑えて欲しい」 脳が…耐えられない。 大野の言葉に、全員が言葉を失った。 異常な数値を示す特殊能力…その延長にある能力は、ただ一つ。 大野の言葉で、それがはっきりと三人の頭に浮かんだ。 「…超能力」 鈴木が言葉に出したとき、大野は悲しそうに三人を見つめた。 「僕らの研究は…してはいけないモノだったんだよ。研究所は…いや、真都は超能力者を育成するための巨大な実験都市だ。そしてその力で日本を…いや、世界を手にしようとしている」 「バカな…!」 あまりにも無謀な話じゃないか…。 鎌田の言葉に、大野は首を振る。 「実際に、この耳で聞いたんだ。いや、聞かされたよ。超能力者を人為的に産み出す為に、僕らの研究が不可欠だったんだ」 知らなかったとはいえ… 「僕らは、大変な事をしてしまったんだよ。人間が、人間を作りかえるなんて…」 禁忌。 だが、何時の間にか確実に禁じられた道を歩んでしまっていたのだ。 「…大野、何をされたんだ」 鎌田が低く問う。 「データについて問いただしたら、彼らはあっさりと認めたよ。僕らのサンプルを元に試薬を開発し、更に改良できない部分は混合投与で補いながら、超能力の研究を続けているのだと…だから…僕は言ったんだ。研究は中止する。今すぐにって」 「それで…」 「彼らは言ったよ。「それは出来ない。もう全てが動き始めている」って。そして、こうも言った。「新しいモルモットがいる」と。何の事かは一瞬わからなかったけど…より正確なデータが欲しいと言われた瞬間全てを悟った。僕が…新しい実験台だって事を。その後はよく覚えていない。気がつけばベッドの上に拘束され、データを取る為のチューブが体中に張り巡らされていた。…僕は、逃げ出してきたんだ。皆にお別れを言う為に…彼らは、色々な能力を個別に植え付ける研究を進めてる。今、僕が植え付けられた能力は「リーディング」だ…。皆の、心が聞こえてくるんだよ…。自分では能力がコントロール出来ないんだ。溢れるほどの声が僕の脳に流れ込んでくる…聞きたくない言葉も…知りたくない事実も…何もかも」 もう…壊れそうなんだ。 そう呟いた大野の目は…灰色に濁って見えた。 「どうすれば…どうすれば助けられるんだ?」 鎌田の問いに、大野は左右に首を振った。 「僕は、もう助からない…これから、また新しい力の植え付けが始まる…体が…心が、いつまでもつかわからないよ。だから…」 これ以上被害者を出さないように… 「研究を、止めて欲しい…」 そう言い残し、大野は背を向ける。 「大野…」 町田が呼びかける。 「慎吾…ゴメン。お別れだよ」 「大野、逃げよう」 町田の言葉に大野は切なそうに目を伏せる。 「もう、普通の生活には…戻れない」 永遠に…逃れられないんだ。 何かを決心しているかのような、大野にそれ以上は言えなかった。ただ、この遣る瀬無さを口にする事しか…。 「…大野。どうしてお前がそんな目に合うんだよッ」 辛そうに吐き捨てた町田に、大野はとても穏やかな、それでいて心に痛いほど伝わってくる声で答えた。 「僕は…この運命を背負ったのが、慎吾じゃなく、僕で良かったと思ってる」 一瞬目が合う。さっきの濁った目ではない、強い意思を持った大野の目。ほんの一瞬だったが、町田は確かに大野の目を見て思った。 大野は、まだ生きてる。 その時、足音が聞こえ、叫び声が聞こえる。 「いたぞ!!」 何が起きているのかわからないまま、大野はそのまま警備員達に連れていかれた。 三人は、何も出来ずにただ呆然と見送る事しか出来なかった。 ********** 8話です。 本当は7話がココまでの予定だったんです(苦笑)。 なので、8話はちょっと短めですが、キリがイイので止めました(ぇ)。 いやぁ、暗くなってきましたよ〜。これから先、どうしましょ…つーか、この先普通にサイトに載せてってもいいだろうか…今の予定で進む事を考えると不安です(苦笑)。や、一応載せれる程度で書いていこうかと…。 もし、今現在考えてるモノと全くストーリーが変わってしまっても、改定前の内容でもひっそりと書き進める予定です。 そうなった場合はお知らせしますので、どうしても改定前のドロドロ痛くて重いの読みたい〜!!って方はこっそり連絡下さい(笑)。 なんとかします(何)。 ≪≪TOP ≪≪BACK NEXT≫≫ |