++其の弐拾参++

「彼に逢わせて!」
少女はなおも叫んだ。
「どうして、録り憑くの?」
出来るだけ落ち着いた声で良知は少女へと問いかけた。
「取り憑く?違うわ。私は彼と一緒に居たいの。色々な場所に行って、楽しい事いっぱいして、いつまでも一緒に居たいの。だから、彼にもこっちに来てもらいたいの」
いけない?
挑戦的な少女の目。
「君は…まだ、どちらにも存在してるんだよ?無理にそっちに行く必要はないじゃない」
萩原の言葉を、少女は嘲笑った。
「馬鹿ね。あんな、何も出来ないような不便な身体、それこそ必要ないじゃない」
その時、廊下が急にざわめきだした。
「もしかしたら…」
大野の呟きに、良知は慌ててドアを開ける。
その時、泣きながらストレッチャーに縋りつく女性の姿。
「時間が、ない」
大野が呟いた。
ざわめきと、聞き覚えのある泣き声に少女は振り向いた。
「…お母さん」
一瞬姿が見え、そのまま女性はストレッチャーと共に、消えていった。
「君は…死のうとしてる」
大野の言葉に、少女は少しビクっと肩を震わせた。
「…違うわ。自由の国に行こうとしているだけよ」
答えて、口をキュッと結ぶ。
「お母さん、泣いてたよ」
萩原の言葉に、少女はキッと振り向き、睨みつけた。
「何よ!!!お母さんなんて!!!いつもいつも「あれはやっちゃダメ」しか言わないし。それに、泣いてばっかり!!!嫌いよ!!!大っ嫌い!!」
泣き叫ぶ少女。
「自分が居ない方が、お母さんは楽になると思ってるんだったら大きな間違いだよ!!」
大野がきつい口調で告げる。
「君が居なくなる事の方がよっぽど辛いんだ!!!お母さんの気持ちも考えなさい!!」
いつにない、厳しい大野の口調に周囲は静まり返っていた。
「だって…だって…」
「君はね、大人しくして、体力をつけて、手術を受ければ助かるんだよ!!!なのに、お母さんのいう事も聞かず、走り回ったり、病室を抜け出したり。お母さんは君が心配だから注意してるんだよ!!どうしてわからないの!!!」
「大野君、ちょっと言いすぎだよ」
大粒の涙を目に浮かべた少女を見て、萩原が大野に声を掛けた。
「このくらい言わなきゃダメ!!たとえ、お母さんの事を考えて、わざと憎まれ口を叩いてるとしても。それでも、こんな事間違ってる!!小さくても、ちゃんと間違いは認めなくちゃダメ!!」
引かない大野に、町田が声を掛けた。
「大野。彼女はきっと気がついたよ。今の大野の言葉で。だから、あとは一刻も早く彼女を戻さないと」
その言葉に、大野は唇をかみ締め、言葉を飲み込んだ。
「ね、どうして屋良っちなの?」
萩原が少女に向かい穏やかに問いかけた。
「前に…病院の廊下で、私が転んだ事があったの。その時、フワっと抱き起こして「大丈夫か?」ってニッコリと笑って頭を撫でてくれたの。その瞬間、好きになったの。優しくて、温かくて。こういう人と、色々な思い出を作りたいって思ったの。ママは毎日泣いてる。きっと、私、死ぬんだなって思って。だったら、彼といっぱい一緒に居たい。遊んで、楽しい事いっぱいしたいって思ったの。彼に釣り合うように頑張って成長もしたわ。ほら、私こんなに大きくなったの。もう、あなたと一緒に居ても不釣合いな事ないわ!ねぇ、出てきて!!!一緒に来て!!!」
感情が大きく揺れ、風が舞う。
「仕方ない…もう、無理にでも戻すしか…」
萩原はポケットに手をいれ、呪文を唱え始めた。
「無理に戻したら…あのコはまた出てくるよ」
それでも、今は戻すしか…
大野も、呪文を唱える。
その時、
「ちょっと待って!!」
屋良が、叫んだ。
「居るのね!!やっぱり居たのね!!!何処なの?お願い、姿を見せて!!」
目を輝かせた少女の前に、屋良はお札を取って、姿を現した。
「嬉しい!!逢いたかったの!!一緒に来てくれるんでしょ?ねぇ、私、頑張って大きくなったの!!!」
はしゃぐ少女に、屋良はゆっくりと首を振る。
「そっちには、いけない。君も、戻っておいで。今、きっと君は生死をさまよってる。身体に戻って、ちゃんと手術受けよう?手術、終わるまでずっと居てあげるから。君のために、お見舞いも来るから。こっちの世界で、仲良くなろう?僕は、無理して大きくなってる君よりも、小さな君の方がいいと思うよ。頑張って生きよう?お母さんの為にも…」
少女は目を潤ませる。
「だって、苦しいのよ?あの体。走る事すら出来ないのよ?走ったら負担がかかるの。怒られるの。だから、病院からも出ちゃいけないの。何も出来ない。この身体なら、どこにだっていける。いつだって飛んでいけるの。なのに.…」
俯く少女に、萩原が声を掛けた。
「治るよ。君が頑張れば、きっと治る。そうすれば、走る事だって出来る。」
「本当に治るの?」
「だって、君は屋良君のために、こんなすごい事をして見せたんだよ?屋良君のために、病気を治す事なんて、わけないよ」
ニッコリと笑う萩原。
少女は少し顔を上げ、小さな声でこう告げた。
「皆も、お見舞いに来てくれる?」
「もちろん、大きな花束持って行く」
真っ先に大野が答える。
「僕はね、いっぱいお菓子持っていってあげる!」
萩原の言葉に、
「それはお前が食べたいんじゃないの?」
と、島田がツッコミを入れる。
「走れないなら、俺が肩車して変わりに走ってあげるよ。」
石田が笑う。
「皆、応援してるから頑張って生きようよ」
良知が言う。
「…治ったら、デートしよう!」
少女に向かい、屋良が告げた。
「え?」
「遊園地でも、動物園でも、水族館でも!!一日、君の好きな所に連れてってあげる。だから、そのために、早く病気も治さなきゃ!!」
その言葉に、少女は大粒の涙をこぼしながら頷いた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
謝り続ける少女に、萩原が優しく告げた。
「戻ろう。急いで戻らなきゃ、帰れなくなる」
「萩原、このまま彼女のところへ向かおう」
「え?」
「ココから飛ばすよりも…直接身体に入れた方がいい。彼女は、離れてから時間が経ちすぎてる。」
大野の言葉に、萩原は頷いた。
大野と、萩原が病室を出ようとすると
「待って!俺も行く!!」
屋良が駆け寄ってきた。
「よし、急ごう!」
大野を先頭に、病院内を駆け回り、少女の母親を見つけた。
「すいません!!!今、娘さんはココに?」
目の前は集中治療室。
「な、なんですか!!あなた達」
泣きはらした目を見開いて驚く母親に、屋良は必死に取りすがった。
「お願いします。入りたいんです。信じてもらえないかもしれないけど…僕、彼女に逢ってるんです。彼女、体から抜け出して、どんどん成長して…このままじゃ、彼女助からないんです!!!身体に戻してあげなきゃいけないんです!!!」
「何を…。一体、何を言って…」
そこまで告げた母親の目に、突如飛び込んできた人影。
「…お嬢さんです」
大野が告げた。
「…う、そ」
絶句した母親に、屋良は再度畳み掛けるように話続けた。
「お願いします!!彼等にしか、彼女は救えないんです!!!何とか、集中治療室へ入れてください!!!」
「でも、私には…」
涙しながら、母親は少女を見た。
「…ユ、イ。ユイなのね」
「お母さん、ごめんなさい」
頭を下げる少女。
その姿を見て、母親は屋良の方を見た。
「今、先生方が一生懸命蘇生措置をとって下さってます。私は、父親に連絡する為に、一旦出てきただけなので、今戻るところです。私と一緒に行きましょう」
「ありがとうございます!!!」
集中治療室のドアが開けられる。
そして、目の前には必死に心臓マッサージを受ける少女の姿があった。




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第23話です。
すっごくお待たせいたしました。
いや、実はまだまだ続けるつもりだったんですけど、長くなっちゃったんで途中で切りました。
で、今回で終わらなかったと(苦笑)。次回、完結予定。


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