++其の四++

「みつけた」
萩原が見つめる視線の先には…少年がいた。
正確には…ベッドに横たわる少年の抜け殻が。
「…どうして、」
そう一言呟いて凍りつく少年に萩原は優しく諭すように話しかける。
「君はもう体から飛び出してしまったんだよ。本当は、わかってるんでしょ?」
だから、ココに来たくなかったんだよね。
「嫌だよ…僕、嫌だよ…」
泣きじゃくる少年の頭をゆっくりと撫でながら萩原は続ける。
「一人で、苦しかったんだよね。病気で苦しくても誰も助けてくれなかったんだよね」
そして、一人で逝ってしまったんだよね。
「僕…僕…」
シャクりあげながら懸命に話そうとする少年に、「いいんだよ」と萩原が言う。
「お兄ちゃんね、全部わかっちゃったんだ。君が…お母さんに置いていかれちゃった事も、」
産まれた事になっていない事も。
「誰とも遊んだ事なかったんだよね。だから、誰かと遊んでみたかったんだよね」
いつも窓から覗いていたんだよね。
「僕もっと遊んでいたいよ…色んな友達欲しいよ…。窓からいつも見てたんだ。皆楽しそうにおいかけっこしたりしてた。仲間に入れて欲しかったけど…僕は外にでちゃいけないってママが言ったから…。僕は、いちゃいけない子供だからって…。でも、僕も皆と遊びたかったんだ」
あまりにも切ない訴えに全員が静まり返った。
ふと生田が少年に近づく。
「ゴメンね。あの時、逃げたりしてゴメンね。いっぱい遊べば良かった…」
少年を抱きしめる。
「お兄ちゃん…」
「もう少し、一緒に遊ぼう。もっともっと色んな事して遊ぼう」
「本当に?」
尋ねた少年に、萩原も笑顔を向ける。
「お兄ちゃんたちはね、君の友達だから。だから…今日が終わるまで一緒に沢山遊ぼう?そして…明日になったら、ちゃんと行くんだよ?…お父さんの所に」
「でも…僕パパはいないよ?ママが言ってたもん。会った事もないよ」
不思議そうに首を傾げた少年に、萩原は首を振る。
「違うよ、君のパパはね、君が産まれて来る前に…君よりも少し早く向こうの世界に行ってしまったんだ。今は君が来るのをずっと待ってると思う」
だから、君は一人じゃないよ。
「パパ…優しいかな?」
見上げてきた少年にニッコリと微笑む。
「世界中で、一番優しいと思うよ」
君の誕生を、誰よりも待ち望んでいたんだから。
「ありがと、お兄ちゃん」
少年は小さな手で萩原の手を握った。
++ ++ ++
一晩中、少年は遊び続けた。
0時になった時、萩原が少年に問い掛ける。
「もう…時間だね。いっぱい遊べた?」
「うん。とっても楽しかったよ」
「俺らも楽しかったよ」
島田が少年の頭をクシャっと撫ぜる。
「お兄ちゃん…もっと、隠れるの練習した方がいいよ?」
悪戯っぽく笑う少年に、島田は苦笑する。
「今度、会う時までに特訓しとくよ」
「俺が鍛えてやるよ」
石田が笑う。
「僕、大きくなったらお兄ちゃんみたいに強くなるんだ」
石田に向かって無邪気に笑う少年に心がチクっと痛みながら、石田は無理に明るく答える。
「今度会った時は、俺より強くなってるかもな」
「多分ね」
少年の代りに良知が答える。
「…優しくしてくれてありがとう。お兄ちゃんがママだったら良かったのに…」
俯く少年を良知は優しく抱きしめる。
「大丈夫、君のパパはきっともっと優しいよ」
「それにね、ラッチがママだとちょっとうるさいと思うよ?」
いつも怒られちゃうかも。
と、屋良が笑う。
「…お兄ちゃん、いっぱい悪戯するもんね」
言われて、ちょっと苦笑いの屋良。
周りからも笑いが起きる。
そんな中、少年は生田の前に立った。
「遊んでくれて、ありがとう。忘れないよ、お兄ちゃんの事」
「僕も、忘れないよ」
生田が優しく微笑む。
「…そろそろ行こうか」
萩原に促されて、少年は黙って頷いた。
少年の頭に、萩原の手が置かれる。
        、」
短い呪文の後、「元気でね」と呟いた萩原の声が聞えたと同時に、少年はゆっくりと光に包まれていった。
「ありがとう…」
という言葉を残して。
++ ++ ++
翌日、遺体が発見された事で色々騒ぎになり、警察は少年の母親を探し出した。
良知の父親は警察官なので、詳しく事情を聞く事ができた。

母親は、父親が強く望んだとおり、少年を産もうと決心した。
でも、父親は少年が産まれる少し前に事故で亡くなってしまったらしい。
母親はどうしていいかわからずに、一人で少年を産み落とす。
…が、子供を望んでいたわけではない母親は少年の戸籍をいれなかった。
「産まれていない事にすればいい」
それが、母親のだした結論だった。
そうすれば学校へも行かせなくてすむ。子供がいない方が何かと都合がよかった。
「外には出るんじゃないよ。お前は「いない子」なんだから」
少年に毎日言い聞かせていた言葉。
名前はつけなかった。つける事で愛情がわいてしまうのを恐れていたからだ。
なにより、存在していない少年に名前は必要なかったのだと母親は言った。
それでも、やはり自分の子が可愛くないわけではない。
だからこそ、ここまで育ててきたのだ。
でも…
「ママ、僕お外で遊びたいよ。皆と遊びたいよ。どうして僕はお外に出られないの!!!」
成長してから、毎日のように聞かされる少年の言葉に、母親は精神的に追い詰められてしまった。
その当時、付き合い始めていた相手に子供の事を話し、相談した。
「だったら、捨てて逃げればいい」
男が言った。疲れていた母親はその言葉をあっさりと受け入れてしまった。
…そして、少年を置いて家をでていった。
話をしている間中、母親は泣いていたという。
「かわいそうな事をした」…と。
少年は風邪をこじらせて、助けのない広い家で衰弱していったらしい。
全員がやりきれない気持ちでいっぱいになる。

「でもさ、なんでわかったわけ?」
思い沈黙を破るように尋ねた石田に、萩原は少し切なそうな顔をする。
「かくれんぼの時、そっと2階を見にいってたんだ」
あれだけ、嫌がっていたと言う事は2階に何かあるに違いない。
そう思った萩原は少年が皆を探している隙に2階へ上った。
ふと、一つの部屋から冷たい空気を感じて近づいてみる。
ドアを開けた瞬間、少年の記憶とシンクロしてしまったらしい。

少年は、部屋に閉じこもっていた。
下では母親の声がする。
「もう、疲れたの…」
誰と喋っているんだろう。
「なんで、産んだんだよ」
「だって…あの人が望んでいたのよ?なのに、産まれる前に事故にあってしまうなんてッ…。こんな家とあの子だけ残していなくなってしまうなんて…」
私だって…本当は欲しくなかったのよ。
…ママは、僕が嫌いなの?だからお家から出してくれないの?だから遊んでくれないの?
目の前が真っ暗になる。
…深い絶望の記憶。

「あの子はね、誰とも遊んだ事がなくて、一人きりで寂しかったから友達が欲しかったんだよ」
僕等が、最初で…最後の友達だったんだよ。
少し切なそうに呟く萩原。
生きているように見えたのは、自分が死んでしまった事に気付かずに、生活を続けていくうちに実体化してしまったんだろう。
…自信、ないけどね。と萩原は続けた。
「…お父さんに、会えたかな?」
ポツリと良知が呟く。
「会えたさ。じゃなきゃ可哀想だ」
屋良が辛そうに言う。
「迎えにね、来ていたよ」
萩原の言葉に、全員が一斉に反応した。
「迎えに?」
「そ、迎えに。光の中にね、男の人が見えたもの」
優しそうな、人だったよ。
そう微笑んで、萩原はチョコを口に放りこんだ。




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第四話です。
仕上りがかなり不安…。皆さんに納得していただけるでしょうか…(汗)。
実はこの回、微妙に気にいらない部分があるんです(苦笑)。
それは、かなり説明文チックな個所が多くなってしまった事。今までは真相はオブラートに包んでなんとなくニュアンスだけを伝える形をとっていたのですが…。今回は、さすがに少年の過去はニュアンスだけでは伝えきれないと思いまして、少し説明を加えてしまいました。これでも最小限に留めたつもりなんですけどね(苦笑)。私の裏設定ではもっとどす黒いものが渦巻いているのですが…(ぇ)。
続いているかのように思えるこの話、これで終わりです(爆)。
さて、次はどんなネタに…って、ちょっとだけ考えてあるんですけどねv

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