+第9話+

夢中で走って、気がつけば家の前に着いていて…
俺の部屋に明かりが灯いてた。
…萩原が、いる。
ドアをあけ、階段を上ろうとすると、母親が呼びとめた。
「お友達、来てるわよ」
「あぁ…わかってる」
「ね、あのコ…前にも来た事あったわよね」
母親の言葉に驚いて振り向く。
「や、ない…けど」
「あら、そう??見覚えがある気がしたんだけど…」
勘違いかしら…
そう呟きながら台所へ戻っていく母親の後姿を見ながら、言い様のない不安が広がる。
…萩原は、俺の母親に会ったことがあっただろうか

『島ちゃん…遊ぼ、』

ふと、頭の中に聞えてきた囁きは、懐かしさと、不安を同時に運んでくる。
階段を上る。
1歩づつ上る度に、大きくなっていく心音。
部屋の前に立ったときには、心音しか聞えなくなっていた。
このドアの向こうに、萩原がいる。
このドアを開けると…全てが終わってしまう気がして、なかなか入る事が出来ない。
でも…
答えは…出さなくちゃいけない。
どうしても知りたい真実。それは、萩原が存在しているのかどうか、ではなく…友達だと思っていたのは…友達として過ごした今までの時間は…全てウソだったのか。
それが、知りたい。
思いきって、ドアを開ける。
そこには、懐かしそうにアルバムをめくる萩原の姿。
「は、ぎわら」
顔を上げた萩原は、俺を見て、微笑んだ。…とても寂しそうに。
「島田、お帰り」
「…大分、待った?」
「ううん、今来たトコだから…ゴメンネ、勝手に部屋入ってて」
「や、いいけど…それ、」
アルバムを指差すと、萩原がフフ…と笑った。
「押入れからね、見つけたの」
ほら…こんなモノも。
そう言って差し出されたものは…1枚の写真。
「押入れにね、落ちてたの」
そんな、ハズはない…
俺が見た時に、写真は落ちて無かったはず…
「なんの…写真?」
手にとってみる…そして、そこに写っていたのは、
「コレ…、」
そこには、楽しそうに笑う小学生の俺と、その横で、本当に楽しそうに笑う少年。
その笑顔は…成長した今も面影が残っていて…
「萩原…」
「…懐かしい、でしょ?」
島ちゃん…
その囁きに、封印されていた記憶が鮮明に蘇ってくる。
あまりにも鮮やかなフラッシュバック。

それは、小学生の頃…
引越しが決まって、一番仲の良かった友達に、どうしても告げる事が出来なくて…
公園で遊んだあと、そんな俺に友達が言った言葉。
「島ちゃん…忘れないでね、僕の事」
きっと、彼は知っていたんだ。俺が引っ越す事を。
「忘れないでね…島ちゃんが大好きだから、ずっと…友達でいてね。約束…だよ?」
「どうしたの、急に?」
なんて答えていいかわからない俺の手を取って、彼は続けた。
「忘れないでね、この先…どっか遠くに行っちゃう事があっても…忘れないでね、僕の事」
「…忘れ、ないよ」
そうとしか、言えなかった俺に、彼はそれは綺麗な微笑を浮かべて言ったんだった。
「島ちゃんが大好きだから…忘れないでね。約束…だよ。いつまでも、友達だよ
                                            …絶対、友達だよ」
「うん…友達、だね」
嬉しくて、彼の手をギュッと握り返した。
「忘れないで…ずっと、一緒にいようね」
どんな事があっても…友達だからね。
そう言って、泣きそうになった彼。
遠く、離れていく事が、寂しくて。
彼の涙を見るのも、悲しくて。
手を振り解き、背を向けて歩き出した…
「帰ろ?」
先を歩く俺の後ろを、追いかけてくる彼。
「待ってよ、島ちゃん」
「遅いよ、置いてくよ」
泣きそうになってる自分を見せたくなくて、早足になった俺が、公園を出て道路へ飛び出す。
                 (…ダメだ、危ないッ!!)
「島ちゃんッ…待って、待ってよ」
走ってくる彼…
       (来るな…危ないんだって!!)
「痛いッ」
彼が転ぶ。
「何やってんだよ…」
そう言って、振り向き、彼の元へ駆け寄ったその時…!!!

    「島ちゃん、危ないッ…」
    「幸人ッ…」

そのまま、記憶は途切れている…
その後、奇跡的に助かった俺は、ケガの回復を待って今の家に引っ越してきたんだ。
やっと…思い出した…。
あの時、咄嗟に叫んだ名前。
一番、仲良しで、いつも一緒に遊んでた…大好きだった友達の名前。
「幸人…」
声に出して、呼ぶと…自然と涙が溢れてくる。
どうして…忘れてしまっていたのだろうか。
…いや、わかってる。
俺は自分で、無意識のうちに記憶に蓋をしたんだ。
大好きだった友達を失ってしまった哀しみから逃れる為に。
自分が、あの時道路に飛び出さなければ…。
幸人の歩く速度に、合わせてやっていれば…。
こんな事故には、遭わなかったはずなのに…
「…ゴメン、萩原」
次々と床に落ちていく涙。
「俺のせいで…」
「違うよ、島田のせいじゃない」
「でも…恨んでるんだろ?」
だから、俺の前に現れて…そして、夢を見せたんだろ?
「…違う、そうじゃないよ」
思い出して…欲しかったから。
「でも、島田は全然思い出してくれなくて…だから、決めてたの」
「…何を?」
「今日まで、待とうって。もし、思い出してくれなかったら…」

一緒に、連れていこうって…

「…萩原、」
「どうして、今日じゃなきゃダメだか…わかんないよね」
「…ゴメン、」
「…今日がね、あの日なんだよ」
僕達が、約束を交したあの遠い日。
だから、約束…守ってもらう為に…
「今日じゃなきゃ、ダメだったんだよ」
ゆっくりと近づいてくる萩原。
「どうして、すぐ言ってくれなかったんだよ…」
俺の前に現れた時に…。
「島田に…自分で思い出して欲しかったんだ」
ゆっくりと俺の体を萩原の両手が包む。
「だって…約束したから」
ずっと…一緒だよ、
萩原の眼から零れ落ちた涙が、俺の肩にかかる。
「ゴメン…幸人」
忘れてて…ゴメン。
「それでも…昔の事、覚えてなくても…」
俺達、友達だったよな。
「島田…」
「気がついたら、仲良くなってて…お前の事、何にも知らなくても…」
それでも…俺は、友達だと思ってたんだよ。
…萩原は、思ってなかったの?
だから、友達のふりをしながら、俺に夢を見させて…連れていこうとしたのか?
そんな俺に、萩原は泣きながら呟く。
「…島田、ゴメンね。怖い思いさせてゴメンね。どうしても…島田とずっと友達でいたかったんだ」
僕は…消えてしまうから。
「どうしても…島田に覚えていて欲しかったんだよ」
だから…
「…消え、る?」
「だって…僕は、本当はココにいないんだもの」
いちゃ、いけないんだもの。
「もう一度、島田と友達になれて…すごく嬉しかったよ。でも…ずっとは続かない」
だから…
「一緒に…連れていきたかったんだ」
囁かれたその言葉は…深い哀しみに満ちていた。
「でも、お別れだね」
「萩原…?」
「だって、島田…思い出してくれたもの。最後に、思い出してくれたから」
「それは、お前が思い出させてくれたから…」
「ううん、島田は思い出してくれてたんだよ。だから…」
一人で、行くね。
「萩原ッ…行くなよ。せっかくまた友達になれたのに」
「無理だよ…ゴメンネ。今度は…僕が島田を置いてくね」
「お前、置いていかないでって言ってたじゃん!!」
夢の中で、確かにそう囁いていた。
『置いていかないで…』
その言葉は、引っ越していった俺に対しての言葉だったのか。
それとも…彼の手を解いて、先に公園を飛び出してしまった俺に対しての言葉なのか。
「違うよ、『置いていかないで…』って言ったのは…僕を過去に置いていかないでって意味」
「過去に…?」
「そう、過去の記憶に封印したままにしないでって事。島田は思い出してくれた。だから、もういいんだ」
「でもッ…お前消えたら、俺、また忘れるかもしれない。それでもいいのかよ」
「ずっと、一緒だから…」
島田の記憶の中に、僕を残していくから。
「…向こうで、待ってるね」
また、友達になろうね。
「萩原…行くなよ…友達だろ…」
涙が、止まらない。
「バイバイ…島田」
またね…
囁きと共に、萩原の体は光に包まれて…跡形もなく、消えた。
「…萩原ぁ」
名前を呟いて泣き崩れた時、息を切らせた良知君と石田が入ってきた。
「島田…」
「…俺のせいなんだ」
それ以上、言葉の出ない俺の頭を良知君が何も言わず優しく撫でる。
その瞬間…

『忘れないでね…ずっと、友達だから』

暖かい風と共に、最後の囁きが降ってきた。




*****
第9話です。
本当は、当初の設定は「島田は幸人に連れていかれる」というものでした。それはギリギリまで思っていたんですが、最後の最後に軌道修正(笑)。
漠然としてたイメージが次々と形になっていく割には言葉がついていかなくて…自分が考えているイメージをちゃんと表現できていない感じで、かなりジレンマです(苦笑)。
なんか…読んでくださってる方的にはどうなんですかね…(不安)。
そして、これ最終話ではないです(笑)。次回、エピローグで終わりですvv
初めて、当初の予定通りの10話ピッタリで終わることができます(笑)。

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